SSブログ

久松達央さんの農業論

久松達央さんの農業論


久松達央「キレイゴトぬきの農業論」新潮新書 700円+税 2013年9月刊


 久松さんは私よりも25歳年下なので、44歳ずいぶん若い。「有機農家が畑でロジカルに考え抜いた」とサブタイトルがあるように、考え方がとても合理的です。巻末の参考文献を拝見すると、小島正美氏、中西準子氏、松永和紀氏の著書があります。小島氏は毎日新聞の記者であり、アメリカでの取材の結果、遺伝子組み替え栽培には寛容な姿勢をとるようになっています。中西氏は環境リスク管理の提唱者でもありますが、これには賛否両論あるのに、久松さんの文章には中西氏のリスク管理の影響を強く受けていると思われます。原発事故による放射能汚染、あるいは農薬汚染の問題についてです。農場の放射能汚染は健康に被害が無いレベル、農薬を使っている野菜はほとんど安全だ、とお書きです。松永氏はずっと中西氏の信奉者でずいぶん有機農業を批判してこられていますが、最近ちょっとお変わりになった印象です。

 有機農業が農薬を最初から拒否しているのはリスクの疑いがある資材などを最初から排除する「予防原則」に立脚しているからです。この原則を中西さんは「農薬の毒性危機を煽るものだ」と指摘していると読みましたが、久松さんも農薬を使った野菜などはほとんどが安全だとお書きなのは、中西さんからの影響なのでしょう。国内生産の野菜、輸入された野菜も抜き取りとは言え、厳しい残留農薬の検査がされているので、検査を通過した野菜は安心して良いとの見解だ。放射能についても同じような姿勢です。
 しかし、私の狭い知見では、低レベルの放射能被曝であっても4,5年後でないと影響はわからないというのが学者の常識のようですし、フクシマ原発のメルトダウン事故が起こしてしまった、様々な被害を見ると「予防原則」の方がはるかに正しかったのではないでしょうか。あるいは豚の死体が1万頭も河に浮かんでいるなどという畜産の現場や天ぷらの廃油を再利用するなどのニュースに接すると、不安が浮かぶ方が当たり前なのではないかと思います。
 中西さん達は、反原発・反農薬などの環境保護市民運動の足をずいぶん引っ張って来ました。結果的に経済界や企業の肩を持ちました。科学者としてもそのような状況の中でニュートラルではあり得ず、発言や論文による社会的なスタンス・責任があるのだけれど、それにはあくまで「科学的知見です」と言うのみです。中西氏の科学的知見を環境保護に活かすという発想はないようです。
 ところで、私、少し前に「スピリッチャルを考える」という文章を書いたことがあります(過去ログにあります)。非科学そのものであるスピリッチャルがいつの時代も衰えないのは、逆に科学が人の心を救わないからだと断定したことがあります。だから、私、非科学でも人を癒すのならスピリッチャルも肯定します。合理主義一辺倒ではありません。科学は冷たいんです。また合理主義的な発想はレベルが一段高いので、なかなか私などの凡人にはなじみません。少しはずれた位置の方が楽です。合理的な発想でも「風評被害」を止めることは難しいでしょう。風評というのは消費者の不安の表現だからでしょうし、原発事故の(放射能の)不安については、誰も答えることができないでしょう。

 私も慣行栽培について、あまり意見を上げません。それは農薬の安全性を肯定しているのではなくて、どんな形態であっても衰退していく農業を続けていることに敬意を表したいからです。だから、農薬の悪口もあまり言わなくなりました。そもそも農薬を使っている農家は農薬(の毒性)についてはほとんど知らされていないのです。防除暦というのが渡されて、この時季にこれを使いなさいと指図されるだけじゃないでしょうか。比較的新しい農薬のネオニコチノイドの自然界への影響などはまだよくわかっていないのではないでしょうか。

 だから、久松さんが農薬使用を安全というのなら、有機農業を止めて慣行栽培に変えるかというと、それはしないそうです。そのあたり、あいまいです。

 それはともかく、人口の3割が集中する関東圏でも、久松さんほどの規模で有機栽培が実践出来ている例をあまり聞きません。全国でも10人もいないのではないでしょうか。おそらく面積も5町歩近くあるのでしょう。東北や九州での有機農業の実践とは、消費地が近い茨城とでは条件が違いますから、真似はできないし、しない方がいいようですが、持続できているのは、情報発信力やフットワークの軽快さ、そして合理的な発想で割り切って次のステップへ向かうことができることなどでしょうか。合理的な発想をつらぬくことができること、それも才能の一種です。

 有機農業への新規就農、私、あまりお勧めできません。高いハードルがいくつもあります。私、5Nと呼んでいます。農地・農機具・ノウハウ・農家(注)・ネットワークです。

 農地... 新規就農者はとりあえずは借地でスタートすることから始めていると思いますが、借地を数十年にわたって使用し続ける事が可能かどうかです。耕作地の半分くらいを自有地でないと経営そのものが不安定になってしまいますが、農地を購入・所有する経費は容易ではありません。用途を制限監視した流動化が望ましいのです。今後農地として使用しないようなケースが増えるのなら、第二の農地解放が必要かもしれません。

 農機具... 営農を開始したばかりで、農機具を揃えることはなかなか困難です。或る程度の預貯金があれば、ですが、それだって当面の生活費に充てることもあります。農家の後継者なら、これらの問題は起こりませんが。私はまだビニールハウスを持てていないんです。

 ノウハウ...栽培技術のこと。1年くらい研修を受ければ、基本的な知識は身につくので、今は研修先もありますから、比較的ハードルは低いでしょう。

 農家... 家屋のことです。農機具の倉庫だったり、収穫物の倉庫、作業場などです。貸しアパート住まいの新規就農者もおられますが、不便きわまりないでしょう。農家を借りれても30年も借り続けることができるかどうか。家一軒建てることも大変な負担です。

 ネットワーク... 販売網や協力者の人脈確保のことです。久松さんもお書きのように畑で農作業だけをしていればよく、販売は農協とか流通にまかせればいいというような人頼みでは、消費者の動向も把握できないし、納得できる経営ができるとは思えませんし、経営全体に配慮することも才能が必要でしょうが、だれもが同じようにやれるとは思えません。人脈を広げることができることは個性にも依るのではないでしょうか。

 これらが最初から備わっているのが既存の農業者です。それが、後継者不足で、離農が相次いでいます。都市に働きに出る方がより高い収入が得られるからです。子息がいてもほとんどが都市暮らしです。農業は儲からないし、で親は後継を子供に勧めません。

 そこで、これらの5Nの他に、もっと強力な武器があると思います。それは常識はずれの創意・判断力・実行力でしょう。それが5Nの足りない部分を補って余りあることになります。久松さんには、これらも備わっているということではないでしょうか。
nice!(2)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 3

ひさまつ

著者の久松です。ご感想ありがとうございます。
新著『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)では合理性以外の部分にも言及していますので、そちらもご一読頂ければと思います。
http://www.shobunsha.co.jp/?p=3386

by ひさまつ (2014-11-26 08:23) 

とりのさとZ

 ひさまつさん
はやばやとこちらへいらしていただきました。ご苦労様です。

ご紹介の本は、既に注文してありまして、明日11月27日に届く予定です。
by とりのさとZ (2014-11-26 11:18) 

とりのさとZ

上にご紹介いただいた本が着きました。

 久松達央「小さくても強い農業をつくる」(晶文社) 1500円+税

 農場の作業手順・試行錯誤、就農までの研修を含む経緯、IT活用の実際、などでしょうか。その前の本で詳しく感想を書きましたので、これについては省略しますが、読みやすいです。
by とりのさとZ (2014-12-01 12:20) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。